桑田佳祐

目次

略歴


ここでは桑田佳祐のソロ活動に重点を置いて説明する。 サザンオールスターズなどバンドとしての活動は各ページを参照のこと。

生い立ち~1980年代

2月26日神奈川県 茅ヶ崎市に生まれる。

サザンオールスターズとして、 アマチュアバンドの コンテストヤマハ '77」に出場。ベストボーカル賞を受賞。この時に決勝で対戦したのは、 シャネルズ鈴木雅之だった。

6月25日ビクター音楽産業よりサザンオールスターズとして『 勝手にシンドバッド』でメジャーデビュー。

オールナイトニッポン」( ニッポン放送など NRN全国ネット)木曜1部を担当。

10月24日、憧れの映画『 アメリカン・グラフティ』のDJ『フルフマンジャック』のアフレコを担当。
スペクトラムギタリスト・西慎嗣のソロアルバム『NISHI』をプロデュース。

生理用品 アンネナプキンCMに出演。
タモリのシングル曲『狂い咲きフライデイ・ナイト』を楽曲提供。
Egg-man(現・ Shibuya eggman)のオープニングアクトとして、 3月21日22日の2日間に渡り「桑田バンド」としてライブを行う。メンバーは桑田・ 関口和之斎藤誠・国本佳宏・ 宮田茂男
12月11日12日、Egg-manで桑田の別名・「 嘉門雄三」によるユニット『嘉門雄三&Victor Wheels』として、 洋楽のカバーライブを開催。メンバーは3月のライブに今野多久郎が加わったもので、 原由子もゲストとして数曲参加した。
自身がプロデュースした原由子初のソロシングル『I LOVE YOUはひとりごと』が卑猥な歌詞のため、 放送禁止曲に。ビクタービル屋上にて抗議の ゲリラライブを行うが、 警察が出動するなどの騒ぎとなる。

2月26日原由子入籍。28日には 結婚披露宴も行う。会場にはファンを招待し、 タモリラッツ&スターなどの 芸能人も出席した。
小林克也率いる「ザ・ナンバーワン・バンド」の1stアルバム『もも』にて曲を提供。また『 六本木のベンちゃん』ではボーカルも担当。
中村雅俊に『恋人も濡れる街角』を提供。
12月31日NHK紅白歌合戦での 三波春夫パフォーマンスが物議を醸す。『 チャコの海岸物語』でサザンとして2度目の紅白出場を果たした際のものであり、当時の「紅白=厳粛な雰囲気」という等式を打ち破るきっかけとなった。この時の間奏での桑田の発言は以下のとおり。
「国民の皆様、ありがとうございます。私たち放送禁止もたくさんございますが、こうしていけしゃあしゃあと NHKに出演させて頂いております。とにかく、 受信料は払いましょう!裏番組は ビデオで見ましょう!!」
研ナオコが歌った「夏をあきらめて」で 第24回日本レコード大賞作曲賞受賞。

親交ある 明石家さんまが「 オレたちひょうきん族」( フジテレビ系)で演ずる アミダばばあのために、『アミダばばあの唄』を提供する。レコーディングでは桑田と原がコーラスを担当した。レコード会社が異なったため、長年この事実は伏せられていたが、2008年さんまが「もういいやろ」と言って話してしまった。
高田みづえがカバーした『 そんなヒロシに騙されて』が 第25回日本レコード大賞・金賞を受賞。

「オールナイトニッポン」に復帰。火曜1部を担当する。

ラッツ&スターのメンバー全員の合同結婚式において 媒酌人を務める。このときリーダー・鈴木雅之の父との会話が、後 1996年のアルバム(サザン名義)『 Young Love』に収録される『心を込めて花束を』を生むきっかけとなる。
6月15日佐野元春なども参加したイベントライブ『ALL TOGETHER NOW』に飛び入り出演。段取り無視のパフォーマンスに佐野元春はあっけに取られたが、怒ってはいなかったという。
10月、サザンのツアー『KAMAKURA TO SENEGAL』で共演した トゥレ・クンダへのお礼の為、 アフリカセネガルへ渡りトゥレ一家の元を訪れる。この模様は ドキュメンタリー番組としてテレビでも放映された。

原の産休に伴い、サザンは最初の休業期間に入り、各メンバーのソロ活動がはじまる。
4月、1年限定のソロプロジェクト「 KUWATA BAND 」結成、『 BAN BAN BAN』でデビュー。桑田は音楽番組やライブで度々「 新人です!」と強調していた。
12月24日クリスマス・イヴの夜の生放送番組「 メリー・クリスマス・ショー」 ( 日本テレビ系)をプロデュース。同番組で 松任谷由実との共作『 Kissin' Christmas (クリスマスだからじゃない)』を出演者一同で唄う。

10月6日、ソロデビューシングル『 悲しい気持ち (JUST A MAN IN LOVE)』発売。以降、ソロでの活動が続く。
ダリル・ホール&ジョン・オーツと「SHE'S A BIG TEASER」(シングル『 いつか何処かで (I FEEL THE ECHO)』収録)・『REALOVE』(ホール&オーツのアルバム『Oh Yeah!』収録)を共同 レコーディング
12月24日、前年に続き「メリー・クリスマス・ショー」プロデュース・出演。

3月16日、2ndシングル『 いつか何処かで (I FEEL THE ECHO)』発売。
4月21日河内淳一のアルバム『 One Heart』に収録されている『Day After』と『恋に落ちた日 〜ANYDAY YOU LOVE ME〜』にコーラスで参加。
6月25日、『 みんなのうた』で、サザンでの活動を再開させる。
7月9日、1stソロアルバム『 Keisuke Kuwata』発売。
8月RCサクセションの問題作 アルバムCOVERS』に参加。この時には桑竹居助なる変名でクレジットされている。この名義は 1984年にサザンの ファンクラブ会報『代官山通信』の署名でも使用されていた。
10月山下達郎のアルバム『 僕の中の少年』収録の『蒼氓』に原由子と共にコーラスで参加。
10月14日ダリル・ホール&ジョン・オーツ東京ドームでのライブに飛び入り出演。
12月31日、『Keisuke Kuwata』で 第30回日本レコード大賞・優秀アルバム賞を受賞。

映画監督に初挑戦。『 稲村ジェーン』クランク・イン。

1990年代~現在

4月NHK-FMにてラジオ番組『 ミュージック・スクエア』スタート。 火曜日のを担当。民放での番組とは違い、下ネタなどの過激な発言は無かったものの、リスナーからのの投稿 ハガキを読む『日本四方山話のコーナー』『句会のコーナー』、 洋楽を1曲ピックアップし和訳を読み上げる『訳詞のコーナー』、テーマに添ってベスト3の楽曲を紹介する『My Count Down』などのコーナーが人気であった。また、1週おきにゲストミュージシャンを迎えてのトークも繰り広げた。この番組には、同じサザンの 野沢秀行渡辺美里奥居香高橋幸宏杉真理嘉門達夫アン・ルイス松尾和子河内淳一といったミュージシャンのほか、 プロレスラー前田日明も出演した。毎年年始には原由子も出演。 1993年4月で担当を終了。
7月、『稲村ジェーン』クランク・アップ。映画公開までに、宣伝を兼ねて歌番組のほか、 ワイドショーニュース・トーク番組などに積極的に出演。また、試写会を 藤沢市の海岸で行い、桑田も会場に登場して『 恋はお熱く』を唄う。
9月7日、『稲村ジェーン』公開。
第32回日本レコード大賞ポップスロック部門において、ロック・ ゴールド・ディスク賞、最優秀ロック・ボーカル賞、作曲賞を受賞。大賞にノミネートした「 真夏の果実」は、最終選考で「 おどるポンポコリン」との一騎打ちに敗れる。

3月24日- 26日新宿のライブハウス「 日清パワーステーション」で、洋楽ロックのスタンダードナンバーを アンプラグドで演奏する『アコースティック・レボリューション』を行う。メンバーは 小倉博和小林武史キース、など多彩な顔ぶれ。
6月小林武史小倉博和・今野多久郎と共にゲリラライブを兼ねて 中国北京へと渡り、 天安門広場にて ボブ・ディランの「 風に吹かれて」、 SUPER CHIMPANZEEのオリジナル曲「 クリといつまでも」、北京の某ライブハウスにて ビートルズの「 アイ・ソー・ハー・スタンディング・ゼア」などを演奏した。この模様は後に桑田が出演した 筑紫哲也 NEWS23などで放送された。この旅行は翌年のサザンの北京ライブへと繋がる。
9月26日 SUPER CHIMPANZEE 名義で『 クリといつまでも』発売。
10月2日、3月の『アコースティック・レボリューション』を収録したライブビデオ『 Acoustic Revolution Live at Nissin Power Station 1991.3.26』発売。

6月27日、企画アルバム『 フロム イエスタデイ』発売。KUWATA BAND時代のシングル4作が初CD化での収録となる。

10月6日、3rdシングル『 真夜中のダンディー』を発売。サザン活動中のソロ名義でのリリース。
12月1日世界エイズデーであるこの日、多数のアーティストを集めた「AAA〜 アクト・アゲインスト・エイズ」武道館公演を選曲・プロデュースし自らも出演。出演は 泉谷しげる大友康平アン・ルイス渡辺美里福山雅治原由子など、 メリー・クリスマス・ショーにも匹敵する豪華な顔ぶれだった。バックバンドとして 小林武史小倉博和根岸孝旨小田原豊今野多久郎が集い、昭和 歌謡曲を中心に多彩なアレンジで参加者がリレー形式で唄った。また、桑田・ 奥田民生宮田和弥(当時 JUN SKY WALKER(S))・ 奥居香(当時 プリンセス・プリンセス)をメインボーカルに、このライブのために作られた チャリティーソング『 光の世界』が唄われた。この後、様々なアーティストが集う形式はAAAで恒例化していくが、桑田がプロデュースしたのはこの1度きりである。昭和歌謡を多彩なアレンジで唄う形は、後々の活動の原形となった。特にこのライブで初めて唄われた「 ヨイトマケの唄」は、その後のソロライブや 自身のテレビ番組などでも度々唄われることとなる。

サザン2度目の休業期間に入る。
8月24日、4thシングル『 』発売。CD店などの告知ポスターには「桑田佳祐、今年は一人で歌います」とのコピーの煽りがあった。後年 香港張学友によるカバー曲が発売され、大ヒット。
9月23日、2ndアルバム『 孤独の太陽』発売。収録曲『すべての歌に懺悔しな!!』が、 矢沢永吉長渕剛を揶揄しているとされ問題となり、桑田が「あれは自分を含めた芸能ロックミュージシャンを歌ったもの」と釈明し、2人に対して謝罪。矢沢は「まったく気にしてない。それより桑田君の方は大丈夫か?」と大人の対応をするが、長渕は『』誌上にて「俺は桑田佳祐を許さない!」などとコメント。 ファンマスコミを巻き込んでの一大論争に発展。翌年に、長渕が 大麻の不法所持で 逮捕されたことで、なし崩し的に沈静化する。詳しくは すべての歌に懺悔しな!!による論争を参照のこと。
9月- 12月、初のソロ名義全国ツアー『さのさのさ』開催。全国29都市35公演を敢行。サザンでは長らく行われていなかった、ホール・市民会館などの小規模の会場でのライブを行い、ファンを喜ばせる。ツアー期間中の 10月28日には母校である 青山学院大学において「帰って来た青山のダンディー」と題し、 学園祭ライブも行う。この日は通常のセットリストに加え、原・関口とともに、母校の思い出を綴った『 Ya Ya (あの時代を忘れない)』を唄う。
10月31日、5thシングル『 祭りのあと』発売。
12月1日、AAA武道館公演に出演者の1グループとしてサザンが登場し、オリジナル曲5曲を演奏。ソロ活動中の同年において、久々にバンドとして、更に休養中の 関口和之も復帰し、6人揃っての登場でファンを喜ばせた。また、 桑田佳祐&Mr.Childrenとしても『 奇跡の地球』を初披露。
12月21日、『さのさのさ』ツアーを収録したライブビデオ『 すべての歌に懺悔しな!! -桑田佳祐 LIVE TOUR'94-』発売。ツアーが終了する前の発売であった。
12月31日、「月」で 第36回日本レコード大賞・優秀賞を受賞、『孤独の太陽』でアルバム大賞受賞。ソロツアー「さのさのさ」最終日、 横浜アリーナにおいて年越しカウントダウンライブ。

1月23日、共に 編曲などで交流のあった 小林武史との縁により、 Mr.Children 桑田佳祐&Mr.Children 名義で『 奇跡の地球(ほし)』をチャリティーシングルとしてリリース。前年AAAで披露されていただけに、ファン待望の作品化となった。
4月、「桑田佳祐のキヤノンFMワンダーランド 〜やさしい夜遊び〜」(現・ 桑田佳祐のやさしい夜遊びTOKYO FMなど JFN全国ネット)スタート。自身が パーソナリティを務め、現在も続く長寿番組になっている。
4月 - 5月、Mr.Childrenと共演のライブツアー『LIVE UFO '95桑田佳祐&Mr.Children“Acoustic Revolution with Orchestra”奇跡の地球(ほし)』開催。『奇跡の地球』のほかに ビートルズなどの洋楽も披露した。
12月1日Act Against AIDS'95を タイバンコクにて開催。 小林武史小倉博和らとともに「 真夏の果実」「悲しい気持ち (JUST A MAN IN LOVE)」のほか、ビートルズや ジョン・レノンのナンバーなど、計7曲を歌う。
12月31日横浜アリーナで行われた 岸谷五朗主催の アミューズのイベント『THE VARIETY III 異業種共演 大晦日の宴 〜FOR AAA』に出演。サザンとしての年越しライブに替わる出演で、桑田はカウントダウンの直前に登場。 爆風スランプの演奏で「勝手にシンドバッド」を唄い、1996年を迎えた。また、出演者の 石橋貴明唐沢寿明・岸谷五朗とともに「ゴロー&センズリッターズ」として、桑田の書き下ろしの曲『長嶋は教祖なんかと違います』を唄い、唐沢は本業とは違うコミカルな一面を見せた。カウントダウンの瞬間は、年が明けるよりも数十秒も早く曲が終わってしまい、年が明けるまで出演者がMCのみで会場を煽ったが、かなり間の悪いものになってしまった。

4月斎藤誠のシングル『今 僕を泣かせて』に コーラススライドギターのソロでゲスト参加。
12月1日- 12月3日、桑田にとって初のAAA単独ライブ『Act Against AIDS '96 夷撫悶汰レイト・ショー 〜長距離歌手の孤独 in Jazz Cafe〜』開催。このライブのみ夷撫悶汰(いヴもんた)の変名を用いて 1940- 60年代のスタンダード・ジャズを全27曲、ミュージカル的な演出を交えて演奏。

3月5日、昨年のAAAライブを収録したライブビデオ『 夷撫悶汰レイト・ショー〜長距離歌手の孤独 in Jazz Cafe〜』発売。
9月、サザンが影響を受けたバンドである リトル・フィートのギタリスト、 ローウェル・ジョージトリビュート・アルバム『ROCK AND ROLL DOCTOR』のレコーディングのため渡米。「日本人でリトル・フィートのカバーを任せられるのはこの人だけ」と、唯一の日本人ボーカリストとして抜擢され「LONG DISTANCE LOVE」を歌った。10月には、同アルバムが日本でもリリース。
10月、桑田が AAAで『サルビアの花』などをカバーしたこともある 早川義夫に、書き下ろしの新曲『アメンボの唄』を提供。作詞曲のほか、ギター・ コーラスでレコーディングに参加。 テレビ朝日系バラエティ番組『 人気者で行こう!』エンディングテーマに起用され、早川とともに桑田も番組のエンディングに出演していた。
11月28日- 12月1日、『Act Against AIDS '97 桑田佳祐 歌謡サスペンス劇場』開催。昭和の歌謡曲を全30曲披露し、長らく放送禁止曲とされてきた 岡林信康の『チューリップのアップリケ』も熱唱。その模様は深夜とはいえ,テレビで放映された。

11月30日- 12月2日、『Act Against AIDS '98 桑田佳祐 オールリクエストショー』開催。桑田に歌ってほしい曲のリクエストをファンから募り、全30曲のリクエスト曲を披露。このライブでの桑田は パジャマスリッパという衣装だった。

11月30日- 12月2日、『Act Against AIDS '99 桑田佳祐 エリック・クラプトソ 横浜公演』開催。 クリームブラインド・フェイスの曲や エリック・クラプトンソロの曲など全26曲を披露。途中 原由子もアコースティックギター・コーラスで参加し、 12月1日公演のアンコールには 関口和之も飛び入り参加した。

1月29日- 2月5日FC会員限定ライブ『伊豆だらけのローラ』開催。
5月山下久美子のデビュー20周年記念セルフカバーアルバム「THE HEARTS」に収録される『バスルームから愛を込めて』にコーラスで参加。アルバムは 6月25日に発売。歌詞カードには山下と桑田が一緒に写った ポラロイド 写真も載っている。
8月、自身の故郷・神奈川県茅ヶ崎市でサザンとして凱旋コンサート『 茅ヶ崎ライブ』を行い話題を呼ぶ。
10月、「 桑田佳祐の音楽寅さん 〜MUSIC TIGER〜」( フジテレビ系、第1期)放送開始。
11月30日- 12月2日、『Act Against AIDS 2000 桑田佳祐が選ぶ 20世紀ベストソング』開催。「 21世紀に残したい曲」をテーマに、桑田が選曲した全28曲を熱唱した。
12月31日、サザンの大ヒット曲『』で 第42回日本レコード大賞を受賞。「やっと、 ひばりさんの背中が見えました」とコメント。

サザン3度目の休業期間に入り、各メンバーソロ活動を開始。
7月4日、6thソロシングル『 波乗りジョニー』発売。発売に合わせ、地方都市でFMラジオ公開生放送と、ライブ『古賀紅太 No Reason! ライブハウスツアー』とを同時進行の形で行う。ラジオ放送は各地で数千人もの観客を集め、好評を得た。ライブはサザンとしての全国ツアーに替わる企画で、 佐賀青森奈良など、それまでツアーで行くことが少なかった土地でも行われ、地方ファンを喜ばせた。
8月7日、ラジオ番組内で、 大森隆志のサザン脱退を発表。「プロになる気は無かったメンバーをまとめ、プロの世界に導いたのは大森。彼がいなければ自分達は世に出ることはなかった」と語る。
10月24日、7thシングル『 白い恋人達』発売。桑田ソロ名義のシングル最高売上を記録。
11月30日- 12月2日、『Act Against AIDS 2001 桑田佳祐 plays "The Beatles" クワガタムシ対カブトムシ』開催。 ビートルズの曲を全38曲熱唱。ライブ初日にはビートルズの ギタリストジョージ・ハリスン逝去の訃報が報じられ、ステージで 黙祷を捧げた。
12月6日やまだひさしのラジアンリミテッドの企画でと競演。この模様は「桑田佳祐 meets GLAY スーパーFM」としてOAされた。最後は ジョン・レノンの『 Happy Xmas (War Is Over)』をGLAY、番組スタッフを交えて全員でセッション。
12月22日- 12月24日札幌市月寒グリーンドームで『桑田佳祐 Xmas LIVE in 札幌』開催。当初は 札幌ドームを借りるつもりでいたが、計画したときにはすでに埋まっており、ライブのMCで月寒ドームになってしまったことをぼやいていた。ライブではサザン・ソロ・KUWATA BANDの楽曲のほか、『サンタが街にやってくる』『赤鼻のトナカイ』などの クリスマスソングも唄われた。また、24日のライブ終了後には フジテレビ系『 HEY!HEY!HEY!MUSIC CHAMP』のクリスマス特番の生中継も入り、会場の外で一面の雪とライブを見ていたファンに囲まれて『白い恋人達』をピアノ弾き語りで唄った。
12月31日、「 白い恋人達」が 第43回日本レコード大賞金賞受賞。最有力候補だったが、授賞式を欠席。大賞は 浜崎あゆみに。

『波乗りジョニー』『白い恋人達』の2作で、第16回 日本ゴールドディスク大賞ソング・オブ・ザ・イヤー受賞。
6月26日、8thシングル『 東京』発売。ファンクラブ誌上にて「 石原慎太郎に物申すみたいな気持ちで作った」とコメント。
8月10日茨城県 ひたちなか市で行なわれた邦楽ロックの音楽祭・ ROCK IN JAPAN FESTIVALに参戦。2日目のトリを務める。未発表の新曲『BLUE MONDAY』『東京ジプシー・ローズ』(翌月発売のアルバムに収録)他、全14曲を熱唱。
HOUND DOGのSHIBUYA-AXでのライブに飛び入り出演。 大友康平とサザン初期の楽曲、『 熱い胸さわぎ』収録の『恋はお熱く』を歌う。
9月22日スペースシャワーTV日比谷野外音楽堂でのライブイベント『 SWEET LOVE SHOWER』にトップバッターで出演。当日までシークレット扱いで一般には一切知らされておらず、観客を驚かせた。桑田は プロレス覆面を被って登場し、全5曲を歌唱。
9月26日、3rdアルバム『 ROCK AND ROLL HERO』発売。
11月- 12月、コンサートツアー『けいすけさん、色々と大変ねぇ。』開催。ソロアーティストとして初めて全国5大 ドームツアーを開催。
11月27日、初のソロ ベストアルバムTOP OF THE POPS』発売。ソロ名義で 1980年代1990年代2000年代と3世代に渡ってオリコンアルバムチャート1位を達成。3世代以上での1位は男性ソロでは 長渕剛1970年代を含め4世代)、 井上陽水(3世代)に次ぐ3人目の快挙。
12月11日、ビデオクリップ集『 桑田佳祐ビデオクリップス2001〜2002 D.V.D. WONDER WEAR』発売。

『東京』で第17回日本ゴールドディスク大賞 ソング・オブ・ザ・イヤー受賞、『ROCK AND ROLL HERO』と『TOP OF THE POPS』の2作がロック & ポップ・アルバム・オブ・ザ・イヤーを受賞。
2月、『東京』が「 SPACE SHOWER Music Video Awards03」BEST VIDEO OF THE YEARを受賞。
3月26日、『けいすけさん、色々と大変ねぇ。』を収録したライブビデオ『 桑田佳祐ライブビデオ「けいすけさん、ビデオも色々と大変ねぇ。」』発売。
7月23日、『 涙の海で抱かれたい 〜SEA OF LOVE〜』をリリースし、サザンでの活動を再開。
11月、桑田の息子が通う高校の学園祭でシークレットライブを行い、『勝手にシンドバッド』『涙の海で抱かれたい』などを歌った。この模様は 女性週刊誌で報じられた。バンドメンバーは桑田の他に原や 小倉博和三沢またろう。4人とも学校の 制服を衣装としていた。
12月2日- 12月4日、『桑田佳祐 Act Against AIDS 2003 栄光のDISCO & SOUL』開催。ディスコ&ソウルをテーマに 1960- 70年代のディスコナンバー全34曲を披露。 原由子野沢秀行もゲスト出演した。

11月30日- 12月2日、『桑田佳祐 Act Against AIDS 2004「THE GOLDEN AGE OF BRITISH ROCK 〜愛と青春の英国ロック〜」』開催。1960 - 70年代を中心とした“ 英国ロック”をテーマに全31曲を熱唱。

7月17日、ゆかりのある 小林武史、Mr.Childrenの 桜井和寿らが主催する「 ap bank fes'06」にソロとして出演。最終日となるこの日は、桜井と1995年に発売された『奇跡の地球』を11年ぶりにセッションし、話題となった。ソロでの出演であったが、サザン名義での楽曲『いとしのエリー』『真夏の果実』も披露した。
8月2627日の2日間、桑田がサザンを中心として アミューズ所属のアーティストに呼びかけ、初の自身主催となる 野外フェスティバルTHE 夢人島 Fes.2006」を開催。アミューズ外からも、 Mr.ChildrenDragon Ash、さらには 加山雄三など、桑田とゆかりのあるアーティストがスペシャルゲストとして出演。
11月30日- 12月2日、『桑田佳祐 Act Against AIDS 2006「 星条旗よ永遠なれ!? 〜私のアメリカン・ヒーローズ」』開催。桑田が影響を受けた1960 - 70年代のアメリカンミュージック37曲を熱唱した。

サザン4度目の休業期間に入り、約5年ぶりにソロ活動を再開。
4月6日、妻・原由子と銀婚式を迎える。 山下達郎竹内まりや夫妻と合同で行われた
5月16日、9thシングル『 明日晴れるかな』発売。
8月22日、10thシングル『 風の詩を聴かせて』発売。
12月5日、11thシングル『 ダーリン』発売。
11月 - 12月、2002年の『けいすけさん、色々と大変ねぇ。』以来、5年ぶりとなるソロコンサートツアー『呼び捨てでも構いません!!「よっ、桑田佳祐」SHOW』開催。6都市14公演を敢行。

3月12日、ツアー『呼び捨てでも構いません!!「よっ、桑田佳祐」SHOW』の12月31日のファイナル公演の模様を収めたライブDVDと、2007年発表のソロ楽曲9曲に、新曲1曲と原由子のソロ曲「大好き!ハッピーエンド」を加えたCDのセット『 桑田さんのお仕事 07/08 〜魅惑のAVマリアージュ〜』を発売。
3月23日、『全国民放 FM53局 & KDDI presents 桑田佳祐 アコースティックライブ in 石垣島』が開催され、全国の民放FM局53社に同時ネットで生中継された。
5月19日、同日付でサザンオールスターズとしてのバンド活動再開を発表。同時に、翌2009年以降バンド活動の無期限休止を発表(すなわち5度目の休業。ただし期限を設けない休業はKUWATA BAND等の活動を行った1985~88年以来2度目)。第4期ソロ活動はこの年の3月まででいったん終了した。
10月19日、かねてから療養中の病気により姉・えり子逝去。享年56。
11月30日- 12月2日、『桑田佳祐 Act Against AIDS 2008「 昭和八十三年度!ひとり紅白歌合戦」』を開催。往年の歌謡曲から近年のJ-POP楽曲まで全61曲を熱唱。原由子・松田弘もゲスト出演した。

3月25日- 前年に行われた「 昭和八十三年度!ひとり紅白歌合戦」のライブDVD発売。同時に、桑田のソロ作品では初の Blu-ray Discでも発売。
4月20日- 『桑田佳祐の音楽寅さん〜MUSIC TIGER〜』(フジテレビ系列、第2期)開始。
5月30日- 大阪城ホールにて行われたの開局20周年イベント『FM802 STILL20 SPECIAL LIVE RADIO MAGIC』にユースケとともに飛び入り出演。桑田はトラの気ぐるみを着て登場し、 上田正樹の「悲しい色やね」のカバーを含め全4曲を歌唱した。
8月30日- 山梨県 山中湖村でスペースシャワーTV開局20周年を記念して開催された野外フェスティバル『SPACESHOWER SWEET LOVE SHOWER 2009』に最終日に大トリをつとめる形で登場。この日のために1夜限りのスペシャルバンド「桑田佳祐 & SUPER MUSIC TIGERS」を結成し、サザンオールスターズと自身のソロ曲合わせ、全10曲を披露した。同イベントへの参加は2002年以来2回目となる。
11月30日- 12月2日、『桑田佳祐 Act Against AIDS 2009 映画音楽寅さん チャラン・ポランスキー 監督・脚本・主演 「男はしたいよ」』開催予定。
12月9日- 12thシングル『君にサヨナラを』発売予定。



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出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』