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声優と芸能界アニメファン・声優ファンは、歌手や タレントのことを声優と区別して「 芸能人」と呼ぶことが多い。声優も芸能人に含まれるのだが、声優は演劇から派生した職業であり、アニメ・映画の吹き替え中心で独自の発展を遂げたことが区別される理由だと考えられる。 歌手やタレントは知名度を期待されてアニメや吹き替えで重要な役の声優に起用されることがある(大抵はテレビ局や所属事務所の話題作りや宣伝行為として起用されることが多い)が、演技がかみ合わないことが多いため、実際に声の出演の訓練を受けキャリアを積んだ俳優・声優が軽視されていると批判する意見が多い。特に スタジオジブリ制作のアニメ作品は 日本映画トップクラスの観客動員数を誇るだけに、歌手やタレントの声優起用が毎回批判の的になることが多い 岡田斗司夫、田中公平、山本弘「宮崎アニメ徹底大研究」『史上最強のオタク座談会 封印』音楽専科社、1999年、198頁。。
芸能界での声優の地位ラジオが主要なメディアだったラジオ全盛期の声優はマイナーな存在でなくスターとも言える地位を得ていた 清水勲『「漫画少年」と赤本マンガ ――戦後マンガの誕生――』ゾーオン社、1989年、144頁。 能村庸一『実録テレビ時代劇史 ちゃんばらクロニクル1953-1998』 東京新聞出版局、1999年、20-21頁。。しかし、テレビ放送が始まると、一般からは、存在が縁遠く一般の芸能人と同様の認知を得られることは本質的に困難な現状にある。声優のマスメディアへの露出が、声のみという本質的な理由によるもので、これをもって顔出しの仕事と比較して一段劣るとして、芸能界の中で声優の仕事を見下す風潮は、吹き替えが始まった 1960年代から存在することが当時から活動する声優により証言されている。 1980年代半ばには、アイドル歌手出身の 日高のり子が テレビアニメ『 タッチ』の浅倉南役の人気により芸能活動に再進出、 1990年代初頭にテレビアニメ『 ちびまる子ちゃん』の大ヒットによりが バラエティ番組の司会を務めるなどマスメディアへ多く露出した。1990年代後半から 2000年代にはテレビアニメ『 ポケットモンスター』の大ヒットで サトシ役の 松本梨香がバラエティ番組やテレビコマーシャルに出演、 太田真一郎が『 料理の鉄人』にレポータとして出演、 古田信幸と 小野坂昌也が プロレス・ 総合格闘技イベントの リング・アナウンサーを担当、2000年代には、脚本家の 三谷幸喜に見出された 山寺宏一がテレビドラマやバラエティ番組に幅広く出演するなど、声優としての活動を背景に一般の芸能活動をした例があるが、一般の芸能人らと同様に仕事をこなす声優は極めて稀である。 声の専門職であるはずの声優が一般の芸能活動をする一方で、知名度のある芸能人が声優業を単発的に行なうケースは数多く、専門職としての声優の真価が問われることになっている。1990年代以降の スタジオジブリ作品など、大作アニメ映画(外国製含む)においては主要キャストの大半を俳優やタレントが占めたり、またテレビアニメの劇場版でもゲストキャラクターの声優に有名人が起用される(場合によってはテレビ版の配役から変更)ことが多い。 これにはアニメファン以外の一般客にもアピールするために、話題性を重視しての起用という側面も大きい。芸能人を起用することで、雑誌・テレビなどのメディアで取り上げられやすくするためである。その一方で、プロの声優にない要素や、作品にリアリティを持たせるためにあえて起用しているということもある。 宮崎駿作品がそうした映画の筆頭と見られやすく ただ、 岡村明美や 入野自由など宮崎作品が声優としてのデビュー作・出世作となった例もある。、 原恵一も声優のオーバーな演技やいわゆるアニメ声が苦手であるとして自身の監督作品で芸能人や劇団の子役・俳優を起用し 「原恵一監督が語る新作映画のキャスティング!」『サイゾー』インフォバーン、2007年8月号。、富野由悠季も声優の演技は型にはまっているとして、演劇系の役者のナチュラルな演技を買っている 『富野由悠季インタビュー集 富野語録』ラポート、1999年、195頁。。 押井守監督は声で全ての演技を行う声優という職業を評価し『 イノセンス』で『 攻殻機動隊』から続けて登場するキャラクターの有名女優への配役交代の話を退けたと言われている。しかし、その押井も自作『 うる星やつら2 ビューティフル・ドリーマー』『 機動警察パトレイバー 2 the Movie』で俳優を起用したことがあり、存在感と新鮮さが声優に勝ることがあるとしている 押井守『すべての映画はアニメになる』徳間書店、2004年、307-309頁。。また、その後の押井の作品『 スカイ・クロラ The Sky Crawlers』でも、メインキャラクター全員に有名俳優を起用している。 歴史的に見ると、アニメ声優が確立されていなかった 1950年代終盤から1960年代の 東映動画の初期の長編作品には俳優がアニメキャラクターの声をあてたのを初めとして、 1970年代から1980年代を中心に民放各局で知名度の高い芸能人を映画の吹き替えに起用するケースが多発した。特に日本テレビとフジテレビが話題性を重視してアイドルを多く起用し、1983年の日本テレビの『 スター・ウォーズ』では声をあてた者の声の演技力の低さから視聴者の不興を得た 武田英明「日本一詳しい『スター・ウォーズ』EPISODE全部/吹替の逆襲」『別冊映画秘宝 吹替洋画劇場』洋泉社、2003年。。1990年代になるとこうしたキャスティングは完全にはなくならないまでも沈静化して とり・みき&吹替愛好会『吹替映画大事典』三一書房、1995年、149-153頁。、 2007年現在ではフジテレビがたまに起用する程度ではあるが、劇場用のファミリーアニメにおいては、1990年代後半からは起用されることが増えて来ており、 ワイドショーなどでは「俳優の○○○○さんが声優初挑戦!」などと紹介され、話題になることも少なくない。
声優からテレビタレントへの進出声優からテレビドラマ俳優・テレビタレント・司会者などへの進出は、 愛川欽也・ 黒柳徹子・ 藤岡琢也・ 伊武雅刀など他業に進出した成功を収めた結果、21世紀初頭の現在では声優として認知されていない成功者が何人かいる。劇団系の声優はあくまでも役者なので、 テレビドラマへ役者として出演しても全く問題はなく、兼業する者も少なくない。しかし、声優専門プロダクションに所属する声のみで演じている専業声優がドラマで顔出しするケースは稀で、しかも成功した例は少ない。ただマイナーな作品(興行的に展開が小さい作品)ではそれなりの成功を収めた例はある。しかし、顔を知られていないので主演や助演などにすると新人起用同然の状況となり、主にゲストとして出演するのが常である。 専業声優出身者としてドラマ出演でのほぼ唯一と言っていい成功例が 山寺宏一である。山寺の場合は、声優という閉鎖的な雰囲気を一切感じさせない明るいキャラクターが受けたと言える。ただし、これも『 おはスタ』などで顔出しする司会者として名を馳せたことや、各種モノマネ番組に頻繁に出演実績があってこその俳優デビューだったと言え、愛川欽也のあり方に近い。山寺は専業声優歴が長く人気も高いので、俳優デビューは遅く、進出後も兼業で声優を続けている(山寺はテレビでは大抵声優としてではなく俳優として紹介されることが多いので、もともと声優が本業であることを知らない人も多い)。 山田康雄・ 戸田恵子・ 津嘉山正種・ 中田浩二・ 石田太郎などは元々顔出しして演じている舞台役者(戸田はアイドル時代があるが)で、初めは俳優業としてドラマにも出ており、その後、声優兼業というパターンで俳優もこなしている。 大山のぶ代はタレント・料理研究家としての顔を持ち、 冨永みーな、 飯塚雅弓、 池田秀一、 水島裕などは元来 子役出身であり(冨永の場合は ものまねに秀でていたことから、山寺と同様にテレビのものまね番組に頻繁に出演していた時期があった)、また、 日高のり子もアイドル時代に各種テレビ番組に出演していた経験が多数あり、いずれもその後声優に転身している。 これらの逆のパターン、すなわち最初に専業声優としてデビューした者がその後テレビドラマなどメディア上で顔出しの役者として主要な役を獲得するのは難しいのが実情である。前述の山寺宏一を除いては、声優ブーム最盛期に 國府田マリ子が深夜ドラマ『 せつない』にレギュラー出演していたことや 宮村優子が映画『 バトル・ロワイアル』や NHK朝の連続テレビ小説『 ちゅらさん』に出演していた例くらいである。そのためか、最近の声優業界では、テレビの特番企画などのゲスト出演や、最初から声優ファン向けのテレビ番組・映画・DVDに的を絞って顔出し出演するものとなっている。それは、ドラマのキャスティング権は大手 芸能事務所が大きな力を持ち、声優業のマネージメントを主とする声優プロダクションは大手であってもテレビドラマに出演させる力がないからである。声優プロダクションが繋がりを持ち営業をかけるのは音声製作会社に対してである。そのため声優業のマネージメントは声優プロダクションに任せるが、その他のマネージメントは一般の芸能事務所に任せるというタレントも存在する。中堅から若手の声優の多くは、最初から声優を志して専業声優となったので、声優プロダクションに所属している。タレントとしての活動の幅を広げたくなった声優の中には声優プロダクションを離れて、一般の芸能事務所へ移籍する場合もある(前出の宮村優子など)。 |