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来歴・人物慶應義塾高等学校から 慶應義塾大学法学部へ進み卒業後の 1960年春に 東宝へ入社。同年『男対男』で映画デビュー。当時、同じく有楽町に在った 渡辺プロにも一時期在籍。 1961年、「夜の太陽」で 歌手デビュー。 NHKの『 NHK紅白歌合戦』出場11回。代表曲多数。後の フォークソングや ニューミュージック全盛時代に先立つ、日本におけるシンガーソングライターの草分け的存在であり、また日本ではじめて多重録音を手がけた歌手でもある。 ソングライターとしてのペンネームは、加山が尊敬している 團伊玖磨と 山田耕筰を足して2で割った 弾厚作(だんこうさく)であり、同名義で作曲(稀に作詞もある)している、 日本テレビ系列の『 24時間テレビ 「愛は地球を救う」』のテーマソングである「 サライ」・「 勇気のカタチ 〜私を変えてくれたあなたへ〜」は 谷村新司が代表作詞し、加山が作曲したものである。 1965年12月に映画『エレキの若大将』主題歌として発売された「 君といつまでも」は350万枚の大ヒットになり、 1966年の 第8回日本レコード大賞の大本命とされていたが、結局大賞は同曲に比べ売り上げ面で劣る 橋幸夫の「 霧氷」が受賞することとなり、「君といつまでも」は特別賞に留まる。 俳優としてはそれまでの 宝田明に代わって東宝の若手看板スターとして大活躍、娯楽映画の『 若大将シリーズ』が大ヒットし代表作となるが、一方で 黒澤明、 成瀬巳喜男、 岡本喜八といった名匠の作品にも多く出演している。 ブロマイドは 女学生を中心に爆発的な売れ行きを記録した。 1965年、神奈川県茅ヶ崎市に パシフィックパークホテルを建設。しかし、1970年にパシフィックパークホテルが倒産し、父の上原ともども莫大な負債を抱えてしまう。加えて、女優 松本めぐみとの駈け落ち同然の結婚が世間を騒がせ、 1969年の『フレッシュマン若大将』以降低迷した同シリーズが 1971年に終了、映画出演の減少も相成りかってない不遇の時代を迎える。ナイトクラブ、キャバレー回りをするもギャラはほぼ全額借金の返済に充てられ質素な生活へと追い込まれるが活動の主軸をテレビに移し、『 加山雄三ショー』を始めとするバラエティや『 大追跡』などのテレビドラマで徐々に息を吹き返す。加えて「理想の父親」と呼ばれるほど世間からの好感が高く、 ヤマザキナビスコのクラッカー「 プレミアム」で家族全員でCM出演をするほど、「理想の家族」としても認知度が高い。 1986年~ 1988年まで『 NHK紅白歌合戦』で3年連続で白組司会を務める。 1993年にギターの ロールスロイスと呼ばれるアメリカのMosrite( モズライト)社よりマリンブルーと『若大将シリーズ』で皆の憧れの的だった白の2色にファズを搭載した加山雄三モデルギターが発売された。 1994年、 ザ・ワイルドワンズの 島英二にけしかけられて仲間内で久しぶりにエレキを弾いてベンチャーズごっこをやっていたところ、事務所の社長の鶴の一声がきっかけで「 加山雄三&ハイパーランチャーズ」を結成。 1997年 4月23日には、加山の60歳の誕生日を祝って 石井竜也ら加山を慕う豪華メンバーが集まり、『 60 CANDLES』というトリビュートアルバムが発売された。 2000年、Mosrite社よりパールブルーの加山雄三・芸能生活40周年記念モデルギターがハイパーランチャーズの「ハイパー」に語呂を合わせた818,000円で限定40本で発売され、即完売した。このモデルは前回のモデルと同様にファズが搭載されていて、ヘッドがイニシャルのKにカットされ、指板にはLEDが組み込まれ、スイッチで光るようになっている。なお、アウトプット・ジャックは本体裏にあるなど、オリジナリティ溢れるものになっている。 」が限定45本で発売され、ハワイのセニーザ社(CENIZA)より、加山雄三・芸能生活45周年記念モデルのウクレレが、限定45本で発売された。 2006年 3月3日・4日、 東京文化会館の45周年と加山雄三の芸能生活45周年を祝うガラ・コンサート(祝典)が大ホールで行われた。同ホールは、クラシック音楽の殿堂・オペラの聖地として名高く、ポピュラー音楽が鳴ることはかつて無かったが、ポップス・シンガーとして初めてステージに上ったのが加山だ。 2006年 8月26日、加山と同じく 湘南というイメージや、 茅ヶ崎出身の有名人として名の挙がる サザンオールスターズの 桑田佳祐の呼びかけにより、『 THE 夢人島 Fes.2006』に参加。桑田がバックバンドを務めた。また、茅ヶ崎ライブでの友情出演VTRにて、「茅ヶ崎ブラザーズの兄として…」と桑田との関係をお茶目に語っている。 2007年 4月29日、 神奈川県 茅ヶ崎市の 茅ヶ崎駅北口のペデストリアンデッキに加山雄三の手形モニュメント(加山本人の手形及び 『海・その愛』という直筆の言葉が彫られた レリーフ)が設置され、 服部信明 茅ヶ崎市 市長を始め、茅ヶ崎市関係者及び市民が参列し、除幕式が盛大に執り行われた。 最近では、タレントや コメンテーターとしても活躍している。 |